帰郷

皆さん、こんにちは!

まず最初にお詫びを申し上げなくてはなりません。

前回のブログですが、先週の金曜日に下書きを終えていたのですが、私の不注意から公開するのを忘れていました。

チェックをしていたところ気がつき、慌てて一昨日の公開となってしまいました。

時系列で可笑しなところがあるのはその為です。

申し訳ありませんでした。

さて、今日はその奄美大島慰安旅行の回想録というところでお届けをしたいと思います。

日程は先週の金曜日から今週の月曜日までで、第1班は金曜日から日曜日まで、第2班は土曜日から月曜日まで、その中で私は立場上、金曜日から最終の月曜日までという形で奄美大島に行って参りました。

初日は奄美唯一のゴルフ場で南国のゴルフに興じました。

2日目は2班も合流し、奄美観光に出かけました。

奄美パークというところをまず見学しました。

ここは、昔ながらの奄美の生活の様子などが展示されていて、食事も取ることが出来ます。

そこで、郷土料理の鶏飯(けいはん……これはご飯の上に、鶏のササミ、錦糸玉子、海苔、椎茸、などを乗せ、だし汁をかけて茶漬けの様にして食べます)を食し、マングローブ、大浜海岸、ミニ水族館などを回りました。

天気は少し悪かったですが、大阪では見ることの出来ない自然に懐かしさを感じました。

その晩は、歌手や躍りの人達にも来てもらい、奄美民謡などを披露して頂き大宴会と化しました。

以前にもお話しましたが、私の母は奄美出身で中学を卒業して大阪に来て以来、1度も奄美に帰ったことがありませんでした。

そして母は今年でめでたく喜寿(数え77歳)を迎えることが出来ました。

この祝いを産まれた故郷でしてあげたいと以前より考えていて、その宴会の場でサプライズプレゼントをみんなから渡し、大いに盛り上がった宴会となり、夜遅くまでみんなと酒を酌み交わしました。

そしていよいよ3日、母の故郷である奄美市龍郷町幾里秋名(たつごうちょういくさとあきな)に行ってきました。

龍郷町は山合に数十件の集落がいくつもあり、その内の1つが幾里というところです。

田畑を耕し、ほぼ自給自足の暮らしに近い状況です。

その昔は、隣の集落に行くにしても山を越えて行かなければならなかったらしく、当時の中学も山を越え、毎日1時間以上かけて通っていたといいます。

現在はその山々にトンネルが出来、各集落に行くにも随分と便利になった様です。

何せ60年振りですので、道もアスファルトに代わり、回りの建家も変わっている訳ですが、産まれた家や育った家はそのままあり、また、遊んだ川や海はそのままです。

それらを歩いて回り、墓参りを済ませ、母の姉の家で少しゆっくりと過ごさせて頂き、秋名を跡にしました。

その後、出身の小学校、中学校を回りました。

小学校は歩いて行ける距離にありましたので、散策をしながら小学校までいきました。

日曜日でしたので、誰もいないのでは?と思いながら行った訳ですが、たまたま校長先生が用事で来られていて、事情を話したところ、親切にも昔の資料を引っ張り出して頂き、卒業写真を発見することが出来ました。

そして、中学校に行きましたが、ここでもたまたま、テニスをしていた中学生がその中学の校長先生のお子さんで、休みだった校長先生や教頭先生がわざわざ駆けつけて来て下さいました。

そして校舎を案内して頂き、卒業名簿も頂くことが出来ました。

先程の小学校の校長先生も同様ですが、中学の校長先生や教頭先生、そしてテニスをしていた子供達もバスが見えなくなるまで手を振って見送って頂きました。

果たして、私達が暮らす大阪ではこんな対応をしてくれるのだろうか? と自身も含めて疑問を持たずにはいられませんでした。

この人里離れた場所に暮らす人々は、田畑を耕し自給自足の暮らしをし、自然と共に時間が流れている、そんな感じします。

経済的には貧しいという事かもしれませんが、心の有り様は私達より遥かに豊かだと思います。

帰る日、真っ青の晴天となりました。

空港には叔母、従兄弟が見送りに来てくれていました。

そして、また、飛行機が飛び立つまで大きく手を振り見送ってくれました。

飛び立った眼下には、青く美しい海と山々が広がっていました。

私の身体にも奄美の血が半分流れています。

この土地で暮らしたことはありませんが、何故か?懐かしさと寂しさで感極まりました。

今回の旅行は日頃私達が忘れていた思いを再び思い出させてくれました。

やはり、この世は人対人、人の心を動かすのは、真っ直ぐで誠実な心の温かさであると。

この時期に社員達の総意で奄美大島に来れた意味をみんなで認識をし、今一度、足元を見つめ直し、更なる飛躍に結びつけなければならないと強く強く、心に誓った次第です。

この慰安旅行を実現させてくれ、また、母を60年振りに帰郷させる事が出来、そこで喜寿のお祝いも出来、親孝行の真似事もさせて頂くことが出来ました。

改めて社員の方々に深く深く感謝申し上げます。