観察力と洞察力

皆さん、こんにちは‼

今週は盆休みと云う方々も多いのではないでしょうか?

私は久しぶりに、この盆休みは東京に居て比較的ゆっくりとさせて頂いています。

束の間の休息と云う事で、映画や演劇、読書を楽しみ、あとは、仕事の整理を、この機にしている所です。

盆休みもあと1〜2日、帰省や旅行などお疲れの事とは思いますが、少しでも鋭気を養ない、気持ちを切り替えて、また来週からの後半戦に臨みましょう!

さて、話は変わりますが、先般、今話題の「花火」を読みました。

ご存知の通り、漫才師ピース又吉さんの小説処女作にして芥川賞受賞作です。

私自身、歴史小説は偶に読む事はありますが、恥ずかしながら、純文学小説を読む習慣が若い時からありませんので、正直、どこが凄いのかは、よく分かりません。

しかし、一つの単純な動作に対する描写の奥行きや言葉の表現力には率直に、「よくこんな言葉を知っているなぁ‥‥こんな表現方法があるんだ‥‥」と感心をしてしまいます。

「恐らく、日頃からの観察力、洞察力が優れていて、人とは違う角度からも観る事が出来る‥‥‥」そして勉強熱心と云うか‥‥‥本を沢山読んでおられるから若い人であるにも関わらず言葉をよく知って居られる‥‥その様に思いました。

私ももっと勉強をし、感性を研ぎ澄ませて行かなければならない‥‥人生はいつまでも「学び」であると改めて気付かされた次第です。

学校の勉強は大事です‥‥‥しかし、「学び」と云う観点から捉えると、観察力や洞察力、表現力など、学校ではあまり教えない事も社会に出ると、その重要性が増す‥‥もっと云えば、そちらの「学び」の方がより大事なのかもしれません。

私達の会社でも、人生において‥‥仕事においても重要である、観察力や洞察力を養って欲しいとの思いから、人財育成の定義を「見聞を兼ね備え、結果の出せる人財」と位置付けて教育をしています。

「真の見聞」が出来る様になれば、自ずと観察力や洞察力は身に付いていると考えているのです。

以前、「見聞」については、ブログでも記述させて頂いたとは思いますが、改めて説明をさせて頂きます。

「見聞」とは文字通り、「みきき」する事です。

しかし、「みる」には、その深さから四段階あります。

そして、「きく」にも、その深さから三段階あるのです。

それぞれ、「みる」「きく」を極めた時、観察力や洞察力が備わると考えています。

それでは、まず「みる」からお話しします。

「みる」の第一段階は、「見」です。

これは、今、目の前で起こっている事象を捉える見方です。

いわば、場当たり的に、起こった事だけを見ている‥‥‥と云う事になります。

そして「みる」の第二段階は、「観」です。

この「みる」は、時系列で物事がみられる‥‥‥と云う事です。

例えば、目の前の出来事があるとします。

それは、いつから発生したのか?今後も続くのか?‥‥‥そう云う見方で物事の見極めをすると云う事になります。

次に「みる」の第三段階は、「察」です。

この「みる」は、原因や原理原則など‥‥要はその事象が何故?起こったのかと云う、根本を突き止める見方をすると云う事です。

この第二段階と第三段階の見方が出来て初めて、「観察」と云う訳です。

従って、観察とは、時系列で物事を捉え、何故そうなるのか?と云う根本まで探る見方をしなければならない訳です。

モノの見方は、これで終わりではありません。

第四段階、最後の「みる」は、「処」です。

これは文字通り「処方」をすると云う捉え方です。

物事の事象を、まず見た目で捉え、時系列で捉え、その根本を見極める‥‥‥そして最後にそれを処方する‥‥‥ここまでの「捉え方」が一応出来て、「結果を出せる仕事人」としての一定基準が出来る‥‥スタートラインだと考えています。

一定の基準と云うのは、これでやっと議論を交わせる対象者になると考えているからです。

どう云う事かと言いますと、本来、仕事としてまず議論をして行かなければならない事は、上述で云う所の「察」と「処」です。

何故?その事象は発生したのか?(察)

そして、どうすればそれを是正する事が出来るのか?(処)‥‥‥これを繰り返えす事こそが仕事の結果に結び付くからです。

会議や議論の場において、「見」「観」「察」「処」の捉え方が出来る人達でディスカッションしますと、原因追求(察)においても各々が考えられる原因を述べ合う様になります‥‥‥そしてそれに対する是正策(処)も各々が述べ合い、建設的な議論が展開される様になります。

各々が主体的ですので、無いモノを形にするスピードが断然早くなるモノです。

しかし、中小零細企業において一般的によく見受けられる事は、目の前に起こった事象だけを捉えて、場当たり的に対処する‥‥‥この様な繰り返しです。

これでは、真の課題が解決されないまま、「御用聞き」や業務の延長‥と云った捉え方になってしまい、又同じ過ちを繰り返す事になってしまいます。

そして、その事象について会議を設けたとしても、「観」「察」「処」の捉え方が出来ていないので、建設的な意見が出ず、「出来なかった事、やらなかった事の言い訳や理由探し」に終始してしまい、主体的に「私が処方します」とまでは中々至らないままに会議を終える事になります。

それではラチが開かないので、社長が喧しく叱咤して、漸く何とか形にすると云う事になりますので、スピードは圧倒的に遅くなりますし、スタッフ達も「やらされている感」が満載です。

これでは、スタッフ達だけでは無く、社長自身が相当疲弊してしまう事でしょう。

しかし、残念ながらこんな事を繰り返していても、計画通りの会社の成長は望めませんし、スタッフ達も今の時代においては、結果の出せる人財には成り得ません。

やはり「企業は人」です。

人が育たなければ、会社の成長に繋がりません。

そこで、私も今までの反省も踏まえ、スタッフ達の考え方を、根本的に変えなくてはならないと考えました。

それも、抽象的では無く、分かり易く‥‥‥。

私達の会社では、まだまだ出来ていない所も多分にありますが、「観」「察」「処」をしっかり教え、各々が主体的に処方まで考え、実行出来る様にし、そしてその結果が出れば高く評価をしあげたい‥‥又その考え活動が出来る様にしてあげたいと思い、「人財育成定義」と「育成評価シート」をリンクしています。

例えるなら、お医者さんと一緒です。

私達‥‥皆さんは、クライアントのドクターになればよいのです。

咳をしている患者が来ました。

「咳をしているな」(見)‥‥「風邪やな」「風邪藥を出しておきます」‥‥これでは見た目の‥場当たり的な対処です。

これが今までの私達の会社であり、多くの中小零細企業の仕事の仕方です。

たまたま上手く行く事はあるかもしれませんが、これでは医者としての本質的な仕事に対する考えとプロセスが抜け落ちています。

時代が変わりました。

いい加減にやっていても、どんどんお客さんが来る時代では無くなったのです。

従って、場当たりでは無くて‥‥‥まず「いつから咳をされていますか?」(時系列‥観)、「なるほど‥‥この咳は何が原因なんだろう?」(原因追求‥察)‥‥‥大病院であれば様々な先生方が、その原因について議論をします。

ここが重要なのです。

何故なら、1人では見間違うかもしれませんし、様々な人達の意見を聞く事で、自身の原因追求へのアプローチの幅が広がる事に繋がるからです。

「原因はそう云う事か‥ではその処方として、こう考えています」(是正‥処)。

このプロセスも又分かった人達が議論をします。

そして最終的に「分かりました。その処方で私が治します」。

こう云う事です。

この議論が出来る様になって、経験を積み重ねる事で、やっと「洞察力」(深く物事を理解する力)が宿るのです。

「見」「観」「察」「処」‥‥‥この捉え方が出来、やっと議論がスタートする‥‥そして議論を積み重ね、主体的な実行と結果を得る事で「洞察力」が宿る‥‥こんな風に考えています。

そうすれば、仕事が心底分かり、仕事に対する前向きな気持ちとそれを成し得た時の充実感を味わう事に繋がると考えます。

この方が何よりも、仕事をしていて楽しいと思うのです。

分かっていても、抽象論だと、どうしていいか?分からず中々前へ進みません。

上述の内容は、具体的手法論に近いと思います。

いわば、誰にでも出来る事だと思いますので、是非参考にして、仕事を自ら楽しめるモノとして欲しいと考えます。

大事な部分なので、少し長くなってしまいました。

最後に「きく」について、掻い摘んで説明をさせて頂きます。

「きく」は三段階です。

第一段階の「きく」は「聞く」です。

これは、自分の見地で相手の話を聞くと云う事です。

どう云う事かと言いますと、自分の見地ですから、「自身に興味のある事は聞き、興味の無い事は聞かない」と云う具合の聞き方です。

次の「きく」は、「聴く」です。

これは、相手の見地で聴くと云う事です。

傾聴と云う言葉がある様に、相手の話に耳を傾け、何を言われているのか?を相手の立場になって聴くと云う事です。

最後の「きく」は、「訊く」です。

この「きく」は、相手の見地で話を聴きながら、確認や分からない箇所など、「それは、こう云う捉え方でよろしいでしょうか?」と云う様に、相手に質問をしながら訊くと云う事です。

これによって、相手が言われている内容と自身の理解を合致させる訊き方になります。

従って、「真の見聞」とは「処.訊」が出来る様に「みきき」する事となります。

こちらの方も是非参考になさって下さい。

又吉さんの話を聴きますと、恐らく、今まで、いい加減な事は少なく、特に興味の持ったモノについては、1つ1つ深掘りをしながら人生を歩んで来られた様に思います。

そしてその観察力、洞察力が身に付き、そこに表現力が加わり、今回の受賞に繋がったのではないかと考えます。

私達も、観察力と洞察力‥‥しっかりと身に付けて、個々の表現力によって、各々の存在価値をアピールして行かなければならないですね。