皆さん、こんにちは!!

今週は随分と暖かい日が多かったですね。

少し暖かくなって来ますと、不思議と気持ちも高揚し、前向きな考えの基、行動出来る様な感じがします。

さて、先般、「人生の師」という本を読んでいました。

その中に“問題あるところに成長あり”という章がありました。

ご紹介しますと、その主人公は、ある時、会社の存亡に関わるかもしれない重大なミスをしたそうです。

その時、「人生の師」に事の経緯を説明し、指示を仰いだところ「ダメだったら縁がなかったという事だ。自分の出来る全力を出せ」という返事だけで、特に細かい指示はなかったそうです。

そして、主人公は、眠れないまま、一夜を明かし翌日、死に物狂いで、自身が出来る事を全て行ったと云います。

その結果……トラブルは終息に向かい、数ヶ月後、無事案件は完遂したという事です。

私はこの文章を読んで、「人生の師」から見ると、主人公が抱えている問題は、自身の経験から、そんなに大きな問題ではないと判断し、上述の様な指示になったのだろうと推測します。

そして、その裏側には、その人を成長させる良い機会との思いもあっての事だろうと考えます。

また、その主人公なら、まずは必死で誠心誠意、行動するだろう。その結果、必ず解決するだろう。

この様な確信もあったのだろうと思います。

問題があるという客観的事実はどのレベルの問題か?をまずは認識する必要はあります。

しかし、一方で本質的に云いますと、問題を問題と感じるのは、人の心、精神的な部分によるものです。

その人の経験値、考え方、知識、スキル、感情などによって捉え方は異なるのです。

「人生の師」から見ると、客観的事実から判断して、他愛も無い問題でも、経験値の浅い、その時の主人公にとっては、人生を揺るがす位の問題だと感じてしまうものなのです。

これが、いわゆる「壁」と呼ばれるものです。

これらは、周りからアドバイスを貰うにせよ、自らが考え、行動をし、乗り越えて行かなくてはならないのです。

「人生の師」に乗り越える為の全ての考えと手順を示して貰い、作業として乗り越えたのでは意味はないのです。

私自身も、今思うと、「何と、チッポケな事で悩んでいたな」と思う事が沢山あります。

当時私には「師」と呼べる方が少なく、自らが悩み、考え、行動をし、取り合えず乗り越える。

今思うと、場当たり的な視点や発想だったので、また、すぐ「壁」に当たる。

そしたらまた、悩み、考え、行動をし、一先ず乗り越える。

そんな事でも繰り返すと、経験値も高くなり、それと共に視点も高く、視野も広がり、本質的な問題が見えてくる。

それらを自ら乗り越え時、初めて視界が開けた事を思い出します。

しかし、これも乗り越えたからといって、ゴールはやって来ません。

また、次のステージで何かしらの「壁」にぶち当たります。

今も尚、「悩み」や「壁」は尽きる事はありません。

その立場立場で……その時々でやって来るものなのです。

何故なら、上述の様に、「壁」は本質的に人の心に存在するからです。

私の現在の「悩み」も、私より数段、経験値が高く、知識、スキルの長けている方から見ると、「そんな事で何を悩んでいるんだ」と叱られる事でしょう。

人生、仕事はこの繰り返しです。

上手く行かないから面白いのです。

自身で限界を作った時、成長が止まり、未来が決定してしまいます。

苦しめば苦しむ程、悩めば悩む程、そして、「壁」が高ければ高い程、それを乗り越え結果を出せた時の充実感、達成感は何物にも変え固いものがあります。

最後に、上述の主人公が全てを解決し、「人生の師」に報告に行った時、その師、曰く「問題あるところに成長あり。悩みがあるという事は可能性があるという事だ。試練というものはその人に合った試練しかない。だから、逃げずにその壁を乗り越えなさい。乗り越えた者だけが成長し、次のステージに行く事が出来る。問題が多く高いほど生きる価値がある。」と。

非常にポジティブな考えで、ごもっともなご意見だと共感します。

「悩みがあるという事は可能性があるという事だ。」

逆に言うと、悩みがない人は可能性がない。 成長がないとも云えます。

問題がないと考える鈍感力の高い人よりも、特に経験値の浅い時には、小さな事でも問題視して、悩み苦しみ、それを乗り越えるという経験を何度でもした方が良いという事です。

人それぞれ悩みがあり、人それぞれ壁があります。

まずはそこから逃げずに1歩踏み出す勇気を忘れてはなりません。

それが何よりも尊い行動だと思います。

そして、どうせ1歩踏み出したのだから諦めず、それを乗り越え結果を出す。

1度、乗り越えると「自信」が付いて来ます。

その「自信」がまた、その人を成長させてくれると思うのです。